マーケティングの分野に限らず「ブランド」という言葉によく出会う。東京銀座はブランドストリートとか。そもそもブランド(Brand)の語源は、英語で「焼き印を押す」という意味の“Burned”から発生したものといわれている。すなわち、放牧されている数多くの牛の中から自分の牛を区別するための「マーク」が元々の意味である。
ブランドとは、当初は単に商品の印であったが、やがて商品に意味を与え、ジャンルを代表するものとなり、今日では送り手(企業)と受け手(顧客)との“絆”の証になっている。また、そのための仕組み・仕掛けづくりがブランディングである。したがって、現在言われるブランドとは“組織の存在理由そのもの”として捉えることができる。個人に置き換えれば、自分自身の「存在感」ということになる。
ブランドパワーのある企業では、経営者がブランドの魂を説き、従業員たちはブランドに誇りを持っている。だから顧客たちはブランドに信頼を寄せると考えられる。ただ、言葉だけでは弱い。日常の行動が問われる。更には日常の行動を通した成果も問われよう。「口ではいいことを言っているのに、実態は・・・、」「あの社長がやるることとは到底思えない。」「普段は物静かな良い人なんですよ。まさかね・・・。」と言った声に出会うと、人が持っている堆積された知覚が大きく動いていることを実感する。企業は人格をもった「法人」。その存在は、他者の知覚の堆積によって形成される。「個人」も同様である。ちょっとしたことが、知覚を揺さぶる。
突然の地殻変動は、暮らしに衝撃を与える天災でもあるが、一方の「知覚変動」は、ブランドの価値を揺さぶるマーケティング力が起こすものである。
2010年6月3日木曜日
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