今年もまた、桜の開花の後は花冷えの日々。小学校の入学式にはまだ、桜が満開だったようだ。入学時の記念集合写真には、誇らしげな桜が新しい時を告げている。
咲き始めから満開を経、散り行く時間の短さに、ある種の空しさと潔さが錯綜するからなのか、日本人の価値観にマッチしているようで、その間の花見の人の群れは、また異常なほどの混みようである。花の美しさを愛でるというよりも、冬の陰鬱な心境からの開放感を味わうことが主題になる。所狭しとマットが敷かれ、宴の始まりである。酒酌み交わす人の顔が、皆にこやかである。「春が来た!」とはしゃぐ集団が、自分たちの陣地を守ろうとする。戦国時代の領地獲得競争そのものである。そこでは余り桜の花の話にならない。仕事の話、家族の話、友人の話、異性の話・・・、尽きぬ話題が桜を背にして進められる。酒の量も増えようと言うもの。背景の花は、桜でなくてもよさそうな喧騒だが、やはり「桜」でなければならない。これ程、新しい時の始まりを教えてくれる花も無い。
それだけ日本人の感性に合っているのであろう。桜を感動と共に賛美する歌に、その心が見える。繰り返して呼びかける歌詞を多く聴く。「さくら、さくら・・・」と感極まって抱きしめるような、投げかけの歌詞である。そこでは、「開放」「感謝」「清潔」「決断」「潔白」「瞬発」と、耳ざわりの良い感慨用語が桜を説明する。
今年もまた、開花の早い桜。どう声をかければよいであろうか。四季躍動の始まりに感謝すべきであろうか。とすると、やはりまた「さくら、さくら・・・。」と繰り返して歌いながら、今年の桜を見る。
2010年4月8日木曜日
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