2010年10月10日日曜日

未来の構想力

21世紀に入って10年を過ぎるが、その間に何か明るい話を聞いただろうか。戦争、拉致、誘拐、テロ、殺人・・・新聞紙上に躍る文字は、何ともおどろおどろしい漢字ばかりである。これが今の人間社会を説明する言葉なのかと、少々嫌気がさしてくる日々が続く。昔を懐かしむわけではないが、「明日は今日より素晴らしい」と信じて眠りについていた60年代の日々から、「明日も今日と同じか?」とある種のあきらめ感を抱いて眠りにつく毎日では、次代を生み出す活力にも大きな違いがあるように思える。
右肩上がりの成長のモードにない現在にあって、明日を夢想すること自体が無益なことのように思える風潮は、健全な社会とは決して言えまい。若者の眼に力を感じない。何となく惰性で街を徘徊しているようにも見える。それは歩く速度に感じる。のんびりではない、怠惰な歩みである。無目的的な動きである。衝動的な事件が多い。思考の回路が短絡である。今、この行為をすれば周囲にさまざまな影響を及ぼすであろうと考えることをしない。思慮分別のない社会は、今だけを考え刹那的である。
かといって未来はないか、といえばそのようなことはない。日常生活自体が、今の繰り返しによって未来を生み出している。どうやら、その時の流れの糸が細く、もろくなっているのかもしれない。繋ごうと考えても、ぼろぼろになって強く結ぶことが出来なくなっているのか。であれば、生まれてくる社会は、常に泥縄的な対応をする、急場しのぎの社会である。
マーケティングは、過去の事実を説明するものではない。これから起きるであろうことを予測し、その先にある現実を手繰り寄せながら今を見直す思考を持つものである。かといって、「未知なる未来」を夢物語のようにフィクションに仕立てることではない。予測される近未来を、リアルに描くことである。「既知なる未来」の構想力を持つものといえる。だからこそ、力強く未来を構想する、力強いスタッフ活力が必要なのである。

想いを発信する

 今思うこと。それは、HPにローンチした様々なファイルやガイドを、どれだけの人に見てもらえるかということ。 当方としては、500人の方々を目標にしている。 なかなか、難しい。独りよがりにならぬこと。粘り強く。 Management Partnar Staff 清野裕司